
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所は言わずと知れた負の世界遺産で、20万人とも400万人とも言われる犠牲者を出した、人類史上最悪の収容所です。非常に重たい気持ちになる場所ですが、一度は行ってみたいと思っている方も多いのではないでしょうか。
こちらのページでは2つの収容所について解説致します。アクセスについては「アウシュビッツ①」をご覧ください。
「アウシュビッツ②2つの収容所」徹底ガイド:目次
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「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」は、「アウシュビッツ強制収容所」と「ビルケナウ強制収容所」の2つをまとめた言葉です。
細かく言いますと、オシフィエンチム(ポーランド語)に「アウシュヴィッツ(ドイツ語)第一強制収容所」が建てられ、ブジェジンカ(ポーランド語)に「ビルケナウ(ドイツ語)強制収容所」=「アウシュヴィッツ第二強制収容所」が建てられた形です。
両者は3.5km離れていて無料のシャトルバスが運行しています。通常は「アウシュビッツ収容所」から見学します。
■アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所
・入場は無料だが時間指定の予約が必要
・公式ガイドツアーは有料(日本語無し)
・営業時間
・シャトルバス
入口はこちら。世界的に有名な場所なので常に混雑しています。入場可能な時間は、閉館時間の1時間半前までです。
現地でチケットを購入する場合、この建物で購入します。その際、パスポートが必要なので忘れないよう注意してください。
上記のとおり日本語の公式ガイドツアーは無いので、日本語での説明がほしい人は、クラクフで「日本語ガイド付きツアー」に申し込んでください。ガイドブックを持っていたり、もともと知識がある方はガイド無しでも大丈夫です。そのほか注意事項は下記になります。
・第一収容所はセキュリティチェックがあります。
・第二収容所へは「30✕20✕10cm」以上の物は持ち込めません。
荷物預かり所があり料金は5ズウォティです。
・食べ物は持ち込めません。
・雨の日は土がぬかるむので、特に下半身は汚れてもいい服装がベターです。
・写真撮影は可能ですが禁止の場所もあるので、個人で見学する方は特に注意
してください。ブロック4の「髪」とブロック11の「地下」が撮影できません。
そして、実はここから東に約6km離れた場所には「アウシュヴィッツ第3収容所(通称:モノヴィッツ)」も造られました。
モノヴィッツには約12000人が収容されていました。
■モノヴィッツを訪れるナチス党員
こちらが入口です。まずは画面をグルっと回して周囲を見てみてください。わずか数十年前、毎日毎日、ヨーロッパ各地から集められた無数の人々がこの門をくぐって殺されていったと思うと、すでに言葉では言い表せない感情を覚えると思います。

ゲートには有名な「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」という言葉が掲げられています。「B」を見ると上下が逆になっているのが分かります。これには「この門を作らされた収容者が、この言葉はウソだと言うことを表現するために、抵抗としてやった」との説がありますが、実際には「この時代はこのような書体が一般的だった」ということだそうです。

photo by:BernhardWalte
この門を通った人々は、すぐに「労働者」「人体実験用」「価値なし」の3種類に分けられました。すなわち「肉体労働の役に立たなそうな人間」や「人体実験に耐えられなさそうな人間」が「価値なし」と判断されたので、自動的に老人、子供、女性がその対象になりました。
「価値なし」と分類された人々は、即座に「ガス室」へ送られ殺害されました。

photo by:historicair ※拡大できます
1:入口
2:脱衣所
3:ガス室
4:ガスの投入口
5:死体運搬エレベーター
6:焼却炉
もちろん本当のことを言ったら従うわけはないので、シャワーを浴びれるとウソをついて、次々にガス室へと送っていきました。ガス室は最終的に7つ造られ、32分間で800人を処刑できたそうです。

photo by:Dennis Jarvis
こちらが実際のガス室です。中には入れませんが外から内部を見ることが出来ます。
第一収容所にはガス室の他にレンガ造りの建物が約30棟あります。全てに入れるわけではなく、ツアーでは5つの常設展示ブロックとガス室を見学します。特に有名な場所としては11号棟の前の「死の壁」があります。

ここでは、捕まった逃亡者やレジスタンス(反抗的な)活動をしていた人々が銃殺刑になりました。
収容所の周りは高圧電流が流れる鉄条網で囲まれていて容易には逃亡できない状態でしたが、収容所内のレジスタンスたちの後押しを受けた人々が、わずか150名ほどですが脱出に成功したとされています。

収容者の中には、自ら鉄条網に触れて自殺する人々もいました。
ごくまれに出る逃亡者を無くすため、ナチスは1人の逃亡者につき10名をランダムに選んで処刑するというシステムにしていました。このときの処刑方法は絞首刑で、見せしめとして10人並んで吊るされたままにされていました。

photo by:Fred Romero
第一収容所では最大で2万人が同時に収容されていました。残されたメガネやクツは想像を絶する量で言葉を失います。
第二収容所の入口はアウシュビッツの象徴的な景色です。実は、第二収容所は第一収容所よりも遥かに規模が大きく、東京ドーム37個分の広大な敷地に最大で9万人が収容されました。入口へと向かう線路はまさに「死の路線」で、多くのユダヤ人が収容されていきました。下の写真には左奥に入口が写っています。

当然ガス室があり、次々に人が送られていきました。

こうなった経緯としては、第一収容所は建設当初、上記のとおり捕虜や犯罪者、ナチスが社会不適合者とみなした人々が中心に収容されていました。そこにはナチスが掲げていた「アーリア人至上主義」による「非アーリア人の国外追放」と「戦時中の労働力確保」という面がありました。
しかし、いつしかそこに「劣等民族の処分」という要素が色濃く加わっていき、新たな収容所が建設されました。それが後に「絶滅収容所」と呼ばれる「第二収容所」でした。

photo by:China Crisis
バラックと呼ばれる居住棟は馬小屋を改造した劣悪なつくりでした。暖房設備が無いのはもちろんのこと、トイレはベッドの下の溝でした。しかも自由に使えるわけではなく、午前午後の2回だけ、何も仕切りが無いまま一斉に使用を強制されたそうです。ベッドには布団ではなくワラがしかれ、複数人がすし詰めにされました。

アウシュヴィッツの3つの収容所は1945年1月27日にソ連軍によって解放されました。生き残っていたのは約7000人で、約500体の遺体、83万7千の婦人服、37万の男性スーツ、4万4千のクツ、7トンもの人間の髪の毛が残されていたそうです。

以上になります。世界最悪の負の遺産「アウシュヴィッツ収容所」。訪れる際はガイドをつけてしっかり説明を聞くのがオススメです。アクセスについては「アウシュビッツ①」をご覧ください。
日本語で予約出来る現地ツアーもあります。詳細はこちらからご覧ください。
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■グラウンド・ゼロ(アメリカ) |
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正しくは「911メモリアルパーク」といって、2001年の同時多発テロの現場です。詳細は下記からご覧ください。 |
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■オークアレイ・プランテーション(アメリカ) |
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ルイジアナ州にあり、南北戦争時代の奴隷の生活を垣間見ることが出来ます。奴隷の価格表は非常にショッキングです。詳細は下記からご覧ください。 |
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■アンネ・フランクの家(オランダ) |
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「アンネの日記」で有名なアンネ・フランクが家族と共に2年間隠れ家生活を送った家で、アムステルダムにあります。詳細は下記からご覧ください。 |
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■ゴレ島(セネガル) |
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世界に19ヶ所登録されている「負の世界遺産」の第一号で、15世紀半ばから19世紀初頭まで「奴隷貿易の拠点」として使われていました。詳細は下記からご覧ください。 |
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■頭蓋骨の塔(セルビア) |
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セルビアとオスマン帝国の戦争の中で造られた負の遺産です。街の中心地からさほど離れていない場所にあり、セルビアでは人気の観光地になっています。詳細は下記からご覧ください。 |
| ビザ | シェンゲン協定加盟国。90日以内の観光はビザ不要。 |
|---|---|
| パスポート残存期間 | 「シェンゲン協定加盟国からの出国予定日」から3ヶ月間以上が必要。 |
| 治安 | 海外安全情報:ポーランド |
| ガイドブック | ポーランドのガイドブック |
| 航空便例 | ・日本-ワルシャワ(約15時間)
・ワルシャワ-クラクフ(約50分) |
| この場所の
ベストシーズン |
5~6月:気候が過ごしやすい。クラクフ映画祭、写真の祭典「フォトマンス」、伝統的な「ライコニックの行列(逆さまの馬に乗った男のパレード)」、ユダヤ文化祭などが行われ、街が最も活気付く。また、イチゴや白アスパラガスが旬を迎える。
9~10月:気候が過ごしやすい。街や古城が紅葉で彩られ「黄金の秋」と称される景色が広がる。また、山のチーズ「オスツィペク(Oscypek)」やキノコ料理など「森の恵み」が旬を迎える。
12月:欧州屈指のクリスマス(詳細は下記)
【ポーランドのクリスマスについて】
そして食事前、一枚の薄いウェハース「オプワテック」を家族で分け合い幸せを祈る。これはポーランド以外だとリトアニアの一部のみに見られる風習。食卓には他国とは一線を画すレベルで厳格に「12種類の料理」が用意され、肉料理は25日までおあずけなため、メインディッシュは鯉。そのほか、キノコとザワークラウトを詰めた「ピエロギ」、「ウシュカ(小さな耳型の水餃子)」を入れたスープ「バルシチ」、ケシの実のペーストを巻いたロールケーキ「マコヴィエツ」、香辛料の効いた伝統的なジンジャーブレッド「ピェルニク」などを楽しむ。また「クリスマスイブの深夜、動物たちは人間の言葉を話せるようになる」という有名な言い伝えがある。
上記の各風習は断片的には他国でも見られるものがあるが、これらを厳格に全て守っているのがポーランドの特徴で、世界でも唯一無二のクリスマスと言って差し支えない。ポーランド独自のクリスマスを味える最高の場所は下記。
■クラクフ
■ワルシャワ
■ザコパネ |
| 時差 | ・3月下旬~10月下旬:-7時間
・10月下旬~3月下旬:-8時間 |
| 通貨とレート | ズウォティ(通貨コード:PLN、記号:zł)で補助通貨はグロシュ(grosz)。1ズウォティ=100グロシュ。
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|---|---|
| ATM | 路上のATMはスキミング被害もあるため、銀行併設ATMを使うこと。ただ、キャッシュレス化が進んでいるため現金を使う機会が少なく、ATMの台数は減少傾向にある。 |
| SIMカード | 大手は「Orange」「Play」「T-Mobile」「Plus」。eSIMも普及している。 |
| タクシー | メーター制。公認タクシーはドアに「都市の紋章」と「料金表」が貼られている。流しでも安全でボッタクリも少ないが、現在は配車アプリが主流。 |
| 配車アプリ | 「Bolt」「Uber」「Free Now」が普及している。 |
| 交通カード | ワルシャワの「Warszawska Karta Miejska」など主要都市ごとに異なる。車内での現金支払いは出来ず、クレジットカードやスマホのタッチ決済が主流。 |
| Googleマップ | 完全に利用可能 |
|---|---|
| クレジットカード | 世界トップレベルの普及率。個人店での決済端末の故障などを考慮し、念の為に少額の現金を持っておくくらいでいい。 |
| トイレ | 清潔で紙も流せる。公衆トイレは有料が多い(タッチ決済)。 |
| 喫煙 | 屋外も喫煙所以外は制限されるので、吸いたい場合は確認するのが無難。1箱18~22ズウォティ。 |
| コンタクト用品 | 容易に購入可能 |
| 生理用品 | 容易に購入可能 |
| スーパーやコンビニ | ■コンビニ
「Żabka(ジャプカ)」:カエルのマークが目印。
■スーパー
■ドラッグストア |
| 定番の軽食や
ファーストフード |
■軽食
「ザピエカンカ(Zapiekanka)」:長いフランスパンにキノコやチーズを乗せて焼いたポーランド風ピザ。クラクフのカジミエシュ地区が聖地。
■ファーストフード |
| 犯罪 | 欧州で最も治安の良い国の一つで、夜間の一人歩きも概ね問題無い。念の為、主要駅でのスリに注意。 |
| 緊急電話番号 | 警察・救急・消防:112(英語が通じる) |
| チップ | 定着している。レストラン:10%程度。タクシー:端数は切り上げる。ホテル:枕チップは不要。ポーターには5~10ズウォティ。 |
| 電圧とプラグ | ・電圧:230V
|
| 現地で使える
ポーランド語 |
①おはよう。
Dzień dobry.(ジェン ドブリィ)
②こんにちは。
③こんばんは。
④ありがとう。
⑤さようなら。
⑥はい・いいえ。 |
| 日本大使館 | ・公式HP |
| ポーランドの
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